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2024.08.10

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2024.05.16

今の自分、未来への声明

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2024.08.03

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ヘアメイクの
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音楽の色んな顔

2024.08.05

初めに少しだけ個人的な話をさせてください。 ここ最近、フェーズの変わり目を感じることが多々あります。ツアーが終わり、生活リズムが変わり、季節が変わり、流れるリズムと取り巻く湿度、周りを包む空気の色が少し変わりました。 新しいことを知り、新しいことに気づき、新しい考えを持ち、新しい話をし、その変化に伴うような形で周りの出来事も出会う人も変わっていきます。この感覚を実感できる時とそうでない時がありますが、しかしこれは私だけではなく誰でも日々思うことがあり、感じることがあり、だからこそ芸術は生まれ続けるし、新しい音楽が発表され続けるんでしょう。 私は音楽について詳しい方ではないのですが、いろんな音楽をざっくばらんに聴いていると、それぞれの人が日々感じる感覚をこうしてポップな形に落とし込んで、人々と共有しているものが音楽なんだ、と改めて思うことがありました。yamaの音楽を聴いていてもそうです。 でももしかしたら音楽ってこんなふうに言葉でつらつらと説明するものではないかも知れないし、ただ感じるままに楽しめばいいのだろうし、誰かと同じ曲を共有してこの曲はこうだね、なんて話すだけでいいのかもしれません。 その曲を聴いていた当時の気持ちを思い出して、懐かしいなぁなんて感じるだけでいいのかも知れません。でももっともっと深い可能性も時に感じます。 曲が始まるとともに作り出される世界観、そこに乗っている言葉、リズムやメロディとの重なりがその曲の空気感を作っていて、そこにはきっと快楽も、刺激も、楽しさも切なさも、救いもあるんだろうなと思います。 私はいわゆる音楽業界というものに精通している人間ではないし、音楽のことをあまり知らなくてごめんなさいという気持ちもあるのですが、それでもyamaの仕事をさせていただいているうえで負けじと私の中で使命だと思って心掛けていることがあります。それは、音楽に関わっている人の人間的な部分の観察です。 どんな人が音楽に魅了されて、音楽と出会い、どんなふうに音楽を使って、生きているのか、そんなことにとても興味があります。だからこそ、yamaの人間的な部分と真剣に向き合いたいと思うし、変化を観察していきたいと思うし、だからこそこのコラムも生まれました。 そんな話をとある人にしたら、「音楽のことを知らないっていうけどその人を知ることも音楽を知ることの一つだよ」と言われました。言われてみれば確かにそうです。その人の感覚や考えは自ずとその人の表現につながっているのだから、それは確かに音楽を知ることの一つなのかも知れません。音楽との出会い方っていろんな形があるのだなと改めて思います。だから、私の中でyamaとの出会いと関わりはとても新鮮な音楽との出会いでもありました。 “みんなそれぞれ救われる方法は違うし、考え方も違うし、価値の基準や感覚の違いがあってもいい。そこで多少の衝突が生まれるかも知れない。世の中にはいろんな損得勘定が渦巻いているから。 でも、一旦心を落ち着けて、損得感情で動くよりかは、もっと心を豊かにする方法で生きていくのも悪くないんじゃないか。”最近はyamaがそんな話をしてくれました。もちろん今の時代では全てに当てはまる意見ではないかもしれないけど、でも本来の人間の生きていく姿の一つと言ってもいいのかなと思います。何事もバランスが大事ではありますが、自分がより楽しめる考え方をして、心が豊かになる選択を一つ、また一つと増やしていけば、それってきっと連鎖します。 音楽を含めた芸術というものが大昔から存在し大切にされてきたのも、きっとそんな理由で、心を豊かにするのには相性が良さそうです。でも芸術だけではなく、みんなに理解されやすい"いいこと"も、人にも自分にも説明できないけど"なんかいい"と思うことも、昔は受け入れられなかったけど今は"いいな"と思う事も、言葉にできなくても説明つかなくても"なんかいいな"って感じを、迷ったときは一つの基準にしてみてもいいのかもしれないです。それによって少し遠回りになることがあってもいいんじゃないかと思います。yamaはきっとそういうことを言いたかったんだろうし、私もそう思います。 実際yamaは音楽に救われたから、今こうして音楽と関わっていて、yamaの歌声や音楽を見つけて気に入ってくれる人がいるからこうして人が出会い、繋がり、ライブではエネルギーを交換しあっている。とてもとても面白い事です。yamaは自分の生き様を元に音楽という媒体にのせて自分を表現をしています。yamaが伝えたいことは、全部yamaが伝えてくれます。 私はヘアメイクという職業をいいことに、横から後ろからそろーっとyamaを観察して、勝手にいろんなことを暴露して、私なりの翻訳で皆さんにお伝えするというふざけた立場にいます。でもこんな立場に今居させてもらえてるならば、楽しく全力でやってやろうと思ってます。 私は音楽を作っている人間ではないし、yamaや yamaの周りで一緒に音を作っている人たちともまた目線が違うので、私が伝えられることはとても限られていますが、こんな場があり、こうしてこの文章を読んでくれている人と出会っていることにも、きっと意味があると思っています。 yamaの音楽も、yamaの発信する言葉も、私のこの文章も、誰にどんなタイミングでどんな形で届くかはわからないですが、全てのタイミングはきっと偶然であり必然だなと感じます。自分にできることをできる形でやって、心が豊かになりそうな方を選択をして、説明のつかない目に見えない力のようなものにほんの少しだけでも希望を添えて、暑すぎてバテそうなこの夏も気楽に笑い飛ばせるくらいの軽快さを忘れずに、過ごしていけたらな、なんて思っています。yamaは最近いろんな新しい話をしてくれるので、また少しずつお伝えできたらと思っています。P.S.yamaさん、先日タイニーデスクの収録がありまして、本当に最高な素敵な音をみんなで奏でていい気分で帰宅したところ、玄関前に大きなGが待ち伏せしていたらしく、そこからの戦いが壮絶だったようです。これも偶然であり必然なのでしょうか…。戦闘シーンをyamaが自分で動画に撮っていたので見せてもらったのですが、戦い方の癖とたまに漏れるため息のような泣き声がもう本当に面白かったです…笑人生のバランスの取られ方って時に残酷ですね…。タイニーデスク、フェス、そして始まる対バンツアー、また前回のツアーの時期とは少し変わったyamaが出てくるのではないかなと思います。暑さには気をつけながら、夏を一緒に楽しみましょう。植條未来